先人に学ぶ~ドゥカティジャパンネットワーク正規販売店 店主 内田公人さん~

カッコイイバイクのイラスト

バイク屋の匂いが大好きだった少年

ドゥカティは洗練されたデザインとスポーティーな走りを実現するイタリアンバイクとして、ライダーの憧れのブランドです。
とってもおしゃれで気難しいレディ――そんな印象があり、ドゥカティを乗っている人もハイソサエティーでこだわりを持つ洗練された人種というイメージがあります。
おしゃれ、カッコイイの褒め言葉がすんなりと当てはまるドゥカティ。
販売店のオーナーもさぞや洗練されて、優雅に働いているのだろうと思ってしまいます。
しかし、見た目と実態とは違うことが多いもの。

今回はドゥカティの正規販売店Plus-1の経営者、内田公人さんの生き方から、バイク屋オーナーの魅力について考えてみましょう。

1952年、岡山で生まれた内田さんは幼い頃からバイクが大好きでした。
何よりもバイク屋のエンジンやオイル、鉄の匂いがたまらなく好きだったといいます。
高校を卒業して大阪の大企業に就職したものの、何か違う……と感じてすぐに辞職。
友人の家に転がり込んでゴロゴロと過ごしてみたものの、虚しくなって職安へと足を運びます。
そこで紹介されたのが、ホンダのバイクショップでした。
内田さんは、大好きなバイクの匂いが充満した修理工場に一歩足を踏み込むやいなや、ここだ!と就職を決めます。
内田さんは石橋を叩いてから渡るタイプではありません。
五感に訴えるものや直感に従って人生を渡っていくタイプです。
結婚し、子どもも生まれますが、1981年にドゥカティ900SSに出会います。
お腹に響くような排気音、日本車にはない香り、洗練されたデザインに大きな衝撃を受けます。
まさに内田さんの強烈な一目惚れでした。
ここから、彼のドゥカ屋オーナーの道が始まったといえるでしょう。

思い立ったらとにかく行動

1986年、待望の独立開業を果たします。
開業を決めた内田さんは、上京し渋谷の村山モータースを訪れます。
アポイントもなしに訪れて、岡山でバイク屋をするので、ドゥカティを売らせてくださいと、宣言。
この時点で、開店資金などの目処も立っておらず、夢と直感のみで突っ走る内田さんは34歳でしたが、気持ちは子供のままでした。

いきなりの宣言に、村山モータースの営業部長の川奈さんが、いいですよとにっこり。
これによってドゥカティの販売店の道がひらけました。
内田さんは、岡山の県道沿いの倉庫を借りてバイヤを開業します。

ドゥカティを販売するのだからと、おしゃれな服装などは用意せず、以前と変わらない自然体で接客する内田さん。
ドゥカティやお客様に失礼かな?と思ったものの、バイク好きという一点がブレなければいいじゃないかと、今までどおりの接客を続けます。

開店当時はほとんどお金がなく、仕事もそれほど入ってこないものの、毎日15時間働いていた内田さん。
今、持っているもので楽しもう、明日はどんな楽しい仕事が舞い込んでくるかなと毎日ワクワクして過ごしていたそうです。
とてもポジティブな考え方が、Plus-1を支えているのではないでしょうか。